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ヘイ!タクシー!


暑いですなあ。
大阪ではここしばらくずーっと雨が降らないままです。

おとーさんの職場のクリニックは,ビフォーアフターに出てきそうなぐらいの狭小クリニックなのですが,ビルの最上階にあるため,ジリジリに焼かれた屋上からの熱が伝わってしまってクーラーの効きが非常に悪く,陽が陰る夕方まではクーラーをガンガンに回してないととても診療できません。このご時世なのに心苦しい限りです。

我が家では,おとーさんの部屋だけにクーラーがついてないのですが,せめて休みの日に家ではクーラーなしで過ごそうと部屋で大汗をかきながらがんばってたら,頭痛だけでなく吐き気がしてきました。いかんいかん明らかに熱中症の状態(汗)。慌ててクーラーの入った部屋に逃げ込んで水分補給せざるを得ませんでした。

酷暑,猛暑で年々熱中症の被害が増えてますが,今年は節電のためクーラーの使用を控えようとする人も多いでしょう。熱中症は意外と死亡率が高く(救急搬送者の0.5%が亡くなると言われてます),実は非常に危険な病気です。「命を削って節電」なんて本末転倒です。つけっ放しのTVやパソコンなどもっと上手に節電できる対象があるはず。マスメディアもくだらない情報を垂れ流すだけなら電気の無駄。もっと節電に関する情報を流して欲しいですな。


...と,時事ネタはこのへんで終了(笑)。
本来の自動車ネタに戻りましょう。


先日大阪の梅田で,あるお呼ばれの会があり,新地でお食事をいただいての帰り。ありがたいことにタクシーチケットまでいただいたので,これに甘えてタクシーで家まで帰らせていただくことにしました。

お店で呼んでいただいたタクシーは個人タクシーで,車種はタクシーとしてはあまり見かけない日産の新しい大型セダン(たぶんフーガ?)。初老の運転手さんが穏やかな笑顔で「どちらまでお帰りになられますか?」と声をかけて下さる。リアシートは広々していて高級ソファーのよう。何だかVIPになった気分です。

運転手さんとポツリポツリ時勢の話などしているうちにクルマは阪神高速に入って行きます。ETCをくぐる時の加速も減速も極めてスムース。滑るように本線に合流。路面の継ぎ目の振動もほとんど気になりません。ああ,こりゃいいクルマだ。わざわざこのクルマを選んでタクシーをしてるこの運転手さん,さすがクルマを見る目あるなあ。


「いいクルマですね。わざわざこのクルマを選んでタクシーにしたんですか?」とおとーさんが尋ねると,

「ありがとうございます,お客さん。いや私,昔からずーっと日産ばかり乗ってきたんですよ。前に大手のタクシー会社で乗ってたのもセドでしたし,個人になってからもしばらくセドに乗ってたんですが,やっぱり新しいのに乗りたくなりましてね」と笑顔の運転手さん。

「これも最近のスカイラインなんかと一緒でエンジンはV6ですか?」

「おや,お客さんよくご存知で。そうですV6なんですよ。こいつはこいつでいろいろメリットもあるし悪くはないんですが,個人的にはやっぱり昔の直6の方が好きですね(笑)」

「昔の直6というとやはりL型チューンですか?」

「そうそう,ソレックスをいじるのが面白くってね。でもL型で騒いでた頃には私はもうタクシーに乗ってたので,むしろ古いサニーをいろいろいじくって遊んでたんですよ」

日産車のエンジンの構成なんてよく知りもしないくせに酔った勢いで知ったかの知識を振り回すイヤな客を,あくまでさらっと,エンスーのお爺ちゃんが孫の質問をかわすように受け流す。何かこの運転手さん微妙にタダモノではないオーラが漂ってるような気がしてきた。


ちょうどその時クルマは阪神高速守口線の連続直角コーナーにさしかかります。

タクシーの運転手さんでも運転はいろいろ。コーナーにちょっと入ってからぐいっとステアを切るような運転手さんも結構多いし,ブレーキも踏むか踏まないかの二択しかないような運転が珍しくない。普通の直線でもずーっとアクセルを踏んだり緩めたり繰り返すような謎のスロットルワークにも時々出会います。

もちろんタクシーの運行は安全が何より第一ですから,その意味ではみなさんお上手ですよ。でも素人のおとーさんから見ててもその運転はちょっとなあ...っていうことがよくあるんですよね(やっぱりイヤな客だ)。特に,嫌々運転してるような運転手さん,この人クルマの運転嫌いなのかなっていう感じがあると,それは乗ってる人に敏感に伝わるんですよね。


ところが,その時初めて気づいたのですが,今おとーさんが乗ってるタクシーの運転手さんはステアリングの切り始めが早く,しかも極めてスムース。コーナーに入ると舵角が一定で妙な修正がほとんどない。ブレーキングもおとーさん好みの,踏み始めは遅くないけど踏み込み量が絶妙で,コーナー途中までちゃんとペダルに足が乗ってることを感じさせるモノ。立ち上がりも,もちろんフル加速ではないけど,しっとりとトラクションがかかってる。

しかも驚いたことにこの運転手さん,ATなのに直角コーナーでは手動でシフトダウンしてる。ヒール&トゥってことはないだろうけど,微妙にブリッピングで回転を上げてるらしくシフト時のショックもほとんど感じない。車間距離も絶妙で,コーナリングが速いからどんどん前車に追いつくものの,後に張り付いて煽ったりなんてことは絶対にせず,前車に追いつきそうな時にはそのはるか手前で既に車線変更が完了してる。それでいて「カッ飛ばしてる」という感じを全く感じさせない。後から煽ってくるおバカな直線番長にはスッと道を譲る。全てがスムース。

ETCの通過がなめらかなのも,路面の継ぎ目が気にならないのも,クルマが良いからじゃなくって,運転手さんの絶妙のスロットルワークの所以。


こ,これは...やはりタダモノではない...(((( ;゚д゚)))


タクシードライバーにとっては食事や呼吸と同じくらい自然なモノになっているに違いない「クルマの運転」という行動。でもこの年齢になっても,その「運転」の隅々までに意識が配られ,どこにも手抜きがない完璧な仕事をされている。しかも何故か随所にモータースポーツの影響が感じられる...

「運転手さん,こんなことプロの人に言ったら大変失礼かもしれないけど,ホントに運転がお上手ですねえ。」

「いやいやいや(笑),お客さん,褒めていただいてありがとうございます。単にクルマと運転が好きなだけですよ。もう30年以上乗ってますし,今でも日に200kmは走りますけど運転が好きなんですよ。このクルマも気に入ってますしね。」

「いやあ,好きなだけでこんな運転できないですよ。僕も実はちょっとクルマをかじってるんですが,運転手さん,何か競技に出たりしてませんでしたか? そのコーナーでのシフトダウンはタダモノじゃないなって思いまして。」

ここで運転手さんちょっと真顔になって,

「いや,このシフトダウンしてるのは立ち上がりがどうとかいうよりエンブレ利かしてるだけなんですがね...お客さん,分かりますか。いや,実はお客さんとこんな話をするのは初めてなんですがね,お客さん『ジムカーナ』ってご存知ですか? 私,若い頃,そのいじくったサニーに乗ってジムカーナっていう競技に出てたんですよ。」




ジッ,ジッ,ジムカーナ!!!?




何じゃそりゃ?? い,いや(汗),知ってるわい!



「い,いや,知ってるも知らないも,私がかじってるというのもそのジムカーナですよ。今はちょっと活動休止中なんですが,去年まで近畿地区戦に出てましたし,全日本にも出たことがあるぐらいです(特設クラスだけどね〜)。」

「おお! そうですか! 私ぁ長いことタクシーに乗ってますけど,ジムカーナやってるちゅうお客さん乗せるのは初めてちゃうかな(笑)。」

運転手さん,すっかり相好を崩して言葉使いも大阪弁丸出しになってます(笑)。


時は昭和40年代から50年代にかけて。当時は名阪SLはまだなかったのかな? とりあえず運転手さんはいつも兵庫の山奥に行って走ってたとのこと。B110サニーをカリカリにチューンしてぶいぶいいわしてたそうな。そしてやはり「結婚して子供ができたし,仕事で走るようになったから競技は止めた」とのこと。

「それでも,いくつになっても運転は好きやし,これだけは若いモンに負けん自信はあるんですわ。仕事は仕事やけど,大好きな仕事やさかいね。毎日真面目に一生懸命走ってるんよ。」


運転手さんからもいろいろ訊かれました。

今は名阪スポーツランドという西名阪を天理からちょっと山に入ったところにある小さいサーキットが関西のメインの会場であること,主力車種はシビック,インテグラにRX-7,ランエボなんかだけど,最近はデミオやヴィッツ,フィットなんかが主力のクラスも人気があること,タイヤ代の高騰でだんだんSタイヤは使わない風潮になっていること...などなど。おとーさんの知ってることをいっぱい話しました。運転手さんは孫の話に耳を傾けるお爺さんのようにうんうん,ふーん,なるほどと相槌を打ちながら聞いてくれました。


そして何よりおとーさんが伝えたかったのは,昨今のジムカーナ界の窮状。つまり色々な社会情勢の中,エントラントの数がどんどん減って,せっかく細分化されたクラスの多くが不成立になってしまっていること。

「運転手さん,もう一度走ってみませんか?」

おとーさん,本気で誘いましたよ(笑)。

でも,もちろん,運転手さんの答えは

「いやいや,もう私ぁ無理ですわ。若い人にがんばってもらわんと(笑)。」

そりゃ,そうですよね...

でも,年に1回ぐらい,「全国シニアジムカーナ大会」なんてあってもいいんじゃないかな。出場年齢は60歳以上...いや55歳以上ぐらいにした方がいいかな(笑)。やはりあの方に出てもらいたいし。


・・・・・・

楽しい時間はすぐに終わりが来ます。

気がつくともう自宅のすぐ近くの交差点まで帰って来てました。いつもは長く感じる家までの道のりがあっという間でした。いや,実際運転手さんのアベレージが速かったのもあるけど(笑)。

「運転手さん,いつまでもいつまでも好きな日産のクルマで運転を続けて行ってね。またいつか家まで乗せて帰って下さい。」

「ありがとうございます。お客さんも,またがんばって競技に復帰して,表彰台に返り咲いて下さいね。名阪スポーツランド,また近くまで行ったら寄って見ますよ。」


タクシーを降りて家の方に3歩ほど歩きかけて立ち止まり,一瞬「運転手さんに名刺をもらおうかな」と思いましたが,あえてそのままタクシーが走り去っていくのを見送りました。


以前このサイトに書きましたが(→「どっか遠くへ行こう」),幼い頃のおとーさんにクルマの楽しさを徹底的に叩き込んでくれた叔父が...生きていたらちょうどこの運転手さんと同じぐらいの年齢かなあ。そういえば叔父の昔の愛車もサニーだったなあ...

毎日毎日,豆腐屋どころではない200kmとか250kmとかの道のりを走りながら,常に技を磨き続けてきたプロ中のプロ。クルマを自由自在に操って,いつでもどこでも好きなところへ行けること,それが大人の男のアイデンティティだと思ってるおとーさんにとっては,亡くなった叔父と同じくこの運転手さんもダンディズムの極みです。

叔父にはもう決して会えませんが,でも,この運転手さんにはまた会えそうな気がしたんです。だから,名刺はもらいませんでした。


おとーさんは楽しみにしています。

また梅田あたりでこの運転手さんに会えることを。

また会えたら,今度は叔父の話をしてみようと思ってます。

「どちらにお帰りですか?」と訊かれたら,「どっか遠くへ行って下さい」とか言ってみようかな。いや,そんなの迷惑だしやめとこう(笑)。


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