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書評「マツダはなぜ,よみがえったのか?」


90年代半ばの日本自動車産業界。

バブル崩壊後,どの自動車メーカーも業績が大きく悪化しましたが,もともとの基礎体力が強靭で少々の逆風はこたえない会社あり,カリスマ外人社長の辣腕によって立ち直る会社あり,ミニバン屋さんとして華麗に転身して生き残る会社あり,でも,そういった流れから取り残され,マジつぶれかかってた会社がありました。

96年春に流れたマツダがフォード傘下に入ったニュースは,特別にマツダファンではなくても,クルマ好きの人間達にとって大きな衝撃でした。

マツダはなくなってしまうのか...RX-7やロードスターはどうなってしまうんだろう...ロータリーエンジンはなくなってしまうんだろうか...こうやって日本の自動車会社が次々に外資の支配下に入ってしまうんではなかろうか...みんなが不安に思いました。


そして時は12年後の2008年春。

わがデミオが世界カーオブザイヤー(W-COTY)を受賞しました。

まだ比較的歴史の新しい賞だそうですが,今回はCクラスベンツや親会社フォードのモンデオを抑えての受賞ですから,その車格から考えたら信じられないような快挙です。だって,グレードによっちゃたかだか100万円ちょいで買えるフツーのお買い物グルマですよ,デミオって。

デミオはヨーロッパのCOTYでも2位に入ってますし,各国のCOTYはいくつ取ったのか数えるのが面倒くさくなるぐらい総ナメです。日本でも2大COTYの一つRJC-COTYを受賞してます。

マツダの会社としての業績も好調なようです。
他の会社の業績が思わしくない中,マツダは国内でも海外でも順調に売上を伸ばしてます。もちろんこの中で,デミオの快進撃が数字の上でも大きく貢献してるわけです。

思えば,90年代半ばの経営危機の時代を初代デミオの大ヒットが救ったのは有名な話ですが,時が過ぎて今またデミオが全世界で高評価を得ているというのは象徴的です。

デミオ以外でも,最近アテンザやRX-8の新型が出て注目を浴びてますよね。ロドスタももちろんがんばってますし,MSアクセラなんて「をいをい」と言いたくなるぐらいとんがったクルマがフツーにディーラーで売られてます。

守りに入ってない。
たまにディーラーへ行っても店の雰囲気明るいです。

マツダはよみがえった。完全に立ち上がった。
もう,こう言っていいんでしょうね。


・・・・・・


モノ造りとか「技術」の世界では,その「技」の真髄は,難しい凝ったモノの中にではなく易しい簡単なモノの中に顕れてくるという話があります。

目玉焼き一つ作る中にも,マグロを一つ握る中にも,料理人の確かな技術は表れます。

別にことさら凝ったレアなカクテルではなく,シンプルな当り前のカクテルを,お客の気分や話題,体調,懐具合(笑)に合わせて,お客の表情を読んだ上でさっと出せるのがバーテンダーの技,と聞いたことがあります。

年季が入ったベテラン投手が投げる変化球の変幻が冴えるのも,時々投げるシンプルなストレートの球をどのように使うかによります。

大事なのは基本。
基本的な,シンプルなモノの中にこそ職人の,匠の技が生かされてくる。


自動車メーカーがクルマを造るのも似たようなモンじゃないかと思うんですよね。

最新技術の粋を尽くした超高性能スポーツカーも,もちろん,いい。

でも,小さなハッチバック型のボディに,ごくごく普通の小排気量4発エンジンを横置きFFに載せて,単純なストラットのサスとエコタイヤで走らせる,値段はせいぜい150-160万円ぐらいまで...こういうごくごく基本的な,一般的なお買い物グルマを創る時に,どのくらい「走る・曲がる・止る」といったクルマの基本性能を妥協せずに磨きこめるか,その中でどのくらい「スポーツカー魂」「乗って楽しい」を貫けるか,これもメーカーの「職人技」だと思うんですよね。

そういう意味ではマツダは間違いなく非常に高い技術,高い志を持った会社だと思います。

デミオという非常にシンプルでベーシックなクルマの中にも,ロドスタやRX-7やコスモなんかで培われたマツダのスポーツカー魂は脈々と流れています。社長が公言する「ウチは世界的な大企業になるのではなく,乗って楽しいクルマを造り続けるんだ」という"Zoom-Zoom"の精神が見事に生かされています。このデミオの快進撃こそ,マツダの技術や目指しているところが世界中で高く評価されている証拠でしょう。


...ところが。

そんな会社が必ずしも繁盛するとは限らないのが世の中。
技術や理念だけではお金は儲かりません。

マツダもかつては地獄を見ました。

なぜそんな優れた技術や理念を持ったメーカーが窮地に陥ったのか,そしていかにしてそこから這い上がってきたのか,それをRX-8という稀有なスポーツカーの開発過程をめぐりながら明らかにしているのがこの本です。

「マツダはなぜ,よみがえったのか?」
宮本喜一 著,日経BP社 刊,定価1500円


最近はお仕事関係の専門書すら読まなくなったおとーさんが,ちょっと時間つぶしに立ち寄った書店で何げなく手にとって読み始めたところ,書棚に戻すことができなくなり,というか途中から涙がちょちょ切れそうになり,思わずそのまま買ってしまったという,そういう本です。

ライターさんの本職は翻訳家,マツダの関係者でもクルマの専門家でもなく,あくまで素人の一マツダファンの視点から,RX-8の開発者へのインタヴューを元に書かれています。

RX-8のチーフデザイナーであり新型デミオのチーフデザイナーでもある,今でもロドスタでレースに出ている現役走り屋デザイナーの前田育男氏ももちろん出てきますよ。


この本で一番おとーさんを感動させたのは,開発に関わった全ての人がみんな「クルマが大好き」なんだなあというのがひしひしと伝わってくるところ。クルマを「単なる便利な移動手段」だなんて考え方をしてる人は一人もいなくって,みんな速くてカッコいいスポーツカーが大好きで,ロータリーエンジンが大好きで...っていうクルマ馬鹿ばっかり。

本当は儲けなんか抜きで熱い熱いスポーツカー,次期RX-7を作りたい。
もちろんマツダ伝統のロータリーエンジンで。

ただそういう個人の熱い思い入れがいくつ集まっても,それだけではなかなか商売にはつながらない。「儲け」を出さなけりゃ企業はやって行けない。しかもマツダの経営は自力再建不能かという危機的状況。売れないクルマは絶対に許されない。

フォード側から送られてくる外国人社長の主張する企業の論理とマツダ開発陣の熱い個人の思いとのせめぎ合い,そしてその中から見えてくる,実はフォード側の外国人社長も速いクルマが大好きなのだという事実...みんな結局は「走り」が大好きで,でも商売はやんなきゃいけないっていうこの葛藤,そこからアウフヘーベンの如くRX-8という素晴らしいスポーツカーが生まれてくる過程は,本当に感動モノです。決して「妥協」の産物などではないということがよーく分かります。

企業の論理と個人の思い,企業という集団とその中の個人,商売と理想,現実と理念,トップと現場の若手...全く違う業種ながら中間管理職として同じような二律背反の中で苦労しているおとーさんにとっては,いわゆるビジネス書としても非常に示唆に富んだ本です。


ぜひみなさんも読んで見て下さい。おとーさん最近のイチオシの書です。


そしてこの本を読み終わった時,大きな爽快感とともにあなたもきっと口ずさんでいるでしょう。


スンスンスーン♪ (´∀`)


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